Wednesday, December 9, 2009
architectureblog:


ronniebruce:

House in Pozuelo de Alarcón by A-cero Architects

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House in Pozuelo de Alarcón by A-cero Architects

ドイツには、マイカーを持たないことを条件に入れるカーシェアリング団地というのがあるらしい! ヨーロッパにはそういうコンセプトの団地が多くつくられていて、人気を集めているのだとか。 Twitter / Nao SUZUKI(鈴木菜央) (via rpm99) (via jun69) (via petapeta) (via ak47)
Tuesday, December 8, 2009
rob-art:

ヴォルフガング・ティルマンス

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ヴォルフガング・ティルマンス

Sunday, December 6, 2009 Saturday, December 5, 2009 Wednesday, November 25, 2009
ak47:


suyhnc:


このさきには

なにがあるだろう

ak47:

suyhnc:

このさきには

なにがあるだろう

A:平日の午前9時から午後5時まで働いている人
B:休日もほとんどなく、毎日朝から晩まで働いている人
C:週に数時間だけ働いている人

この3人のうち、「もっとも模範的な人」はどの人だろうか。
その社会で何が「模範的」と考えられているかによるが、日本ではAだろう。

この3人のうち、「もっとも幸せな人」はどの人だろうか。
それはわからない。それぞれの人の「幸せ」観や、仕事の内容による。

この3人のうち、「もっとも社会に貢献している人」はどの人だろうか。
それはわからない。それぞれの人が出している成果による。

Aが「模範的」であり、「望ましい」とその社会が考えるのは構わないが、だからといってBやCの労働形態を規制したり、罰していいものだろうか。

Bは仕事が面白くて、3人のうちもっとも充実しているかもしれない。
Cは最小の労働で、3人のうちもっとも大きな成果を出しているかもしれない。

逆にAは、労働時間だけ見れば「模範的」かもしれないが、ほとんど成果を出しておらず、かつ本人も幸せでないかもしれない。
AはBより労働時間は短いが、仕事がつまらなくて苦痛であり、余暇の時間をストレス解消のために無為に過ごし、稼いだお金をムダ使いしているかもしれない。

自由主義者はこう考える。何が幸せかは本人しかわからないのだから、本人がA~Cのうち好きなものを選べばいい。逆に、本人がA~Cのうち好きなものを選べないように社会が強制するのは、自由の侵害である。

自由とは「多様性を許容する設計」である - Zopeジャンキー日記 (via yellowblog) (via pdl2h) (via mnky) (via yaruo) (via marekoromo)

現実の社会でも好きなものを選べないようになっているのを忘れている。好きなものを選べるように社会が強制して欲しいね。そうしたらBを選ぶ奴がどれぐらい居るか、自由主義者といっしょに見てみたい。

(via forzando)

(via nemoi) (via zenrahanra)

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